笠間焼

茨城県笠間市周辺を産地とする陶磁器の総称。
名主久野半右衛門道延が、近江信楽の陶工長右衛門を招き開窯し陶器を焼いたのが起こりとされています。のちに笠間藩主の仕法窯として保護され、甕・摺り鉢などの日用雑器が多く作られました。幕末から明治にかけては江戸に近い利点から、大量生産の機会を得て技術者や従事者も飛躍的に増えました。陶器商・田中友三郎による「笠間焼」の広報・販路開拓が功を奏し、現在では300人に近い陶芸作家や窯元のいる窯業産地となっています。関東地方では、益子と並ぶ大きな窯業産地として知られています。