李参平

豊臣秀吉が行った朝鮮出兵の際、佐賀藩主の鍋島直茂隊の案内役をつとめ、撤退時に日本へ連れてこられた朝鮮陶工の中の一人です。和名は「金ヶ江三兵衛(かねがえさんべえ)」。
磁器生産に適した白磁石を求めて鍋島領内各地を転々とし1616 年、有田東部の泉山で良質の白磁石の石場を発見しました。李参平はここに天狗谷窯を開き、日本初の白磁器を焼成に成功。 これが有田焼の起こりである、とも言われています。
有田焼の誕生には諸説は多くありますが、いくつかあった朝鮮人陶工集団中では、大きな功績を残した人物とういのは間違いありません。有田焼の最大の功労者である彼は、現在も陶山神社に「陶祖」として崇められており、現在も彼の直系子孫は有田に住んでいます。
ハングル:이삼평(イ サム ピョン)